最近、どこの誰とはいいませんけれども、Twitterのアカウントで「下北は下北であって南部ではない」と何度も何度も熱弁するおかしなアカウントがあるんですけれどもね。
それはまあ、事実と異なるわけで。
下北地方は南部藩でした。ていうか、斗南藩になったのは明治になってから…。
具体的な例を出すと、恐山大祭での「上山式」は「南部藩主」の行列を再現したもの、ですからね。
他に誰が上山するんだ、という話になります…。
具体的な歴史経緯に触れずに、下北地方は南部じゃない、とか、そういうことだけを言い続けるのは、多くの人に誤解を与えうるんじゃないのかな、というふうに思いました。
もっとも、下北半島は南部藩の他の地域とは異なっている慣習が多いので、気持ちはわかりますがね。
ですので、「恐山は青森県南部地方」と言うのと、「恐山は青森県下北地方」と言うのとでは、どの程度まで細分化された地域概念なのか、ということを単に問うているのであって、どちらが正解でどちらが誤り、というのは、一般的には有り得ないのですよね。
もっとも、そのおかしなアカウントを運営している方の中では、そういうことを理解できていないだけかも知れませんがね…。
いろいろ、大変ですよね。
口数の多い人が繰り返し言っていることが正しいわけではないのです。お気をつけください。
そういう人に限って、Wikipediaの「南部藩」の項目を直そうとはしないんですよね。集合知に殴られて、自らの信念が折られるのが怖いのでしょうね…。
さて、このブログはちょっと数日休むかも、です。